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黄/埔/軍/校(1)

 一応、このブログは中国近現代史萌えブログとしてもやっていくので、その手の話題もボチボチ増やしていきます。

 で、もう一年前のことになってしまいましたが、2009年5月に広州行った際の赤いレポートでも。まずは黄/埔(こうほ)軍校のことから。

 こうほ軍校は、中国で3番目に大きな河・珠江の中の黄埔島(長州島)にある。広州市内からは少しはずれた場所にあり、ある43番のバス路線で魚珠埠頭まで行き、そこから船で島まで行く。

 が。

「軍校に行くんだったら、このバスで行けるよ」

 私がこうほ軍校に行きたいのだというと、広州の知人(の知人)は親切にも行きかたを教えてくれた。が、ちょっと変だなぁ? とは思ったのだ。それは地元の観光案内に乗っている行き方とは違ったから。

 それでもよくわからない観光書より、地元の人が調べてくれた行き方の方が確実だろうと思い、そのバスに乗ることにする。ちなみに超パンピーな彼女は「スパとかに行きたいのかと思った」と言った・・・・・・うん、普通の日本人女性が行きたいのはそっちだよね・・・間違っても軍校とかじゃないよね・・・・・・



 さて、当日、うっかりゆっくり飲茶を楽しんでしまったため、出発がちょっと遅れた。

 ともかく教えてもらったバスに乗ったのだが・・・・・・私がなにかおかしいと気づいたのは30分ほど経ってからだった。

 下りてみて地図を確かめるとやっぱりだ。

 このバスは陸路で黄埔島まで行くのだ。黄埔島自体は直接は両岸とつながっていないが、隣の島とは橋で繋がっており、その島はまた岸とも橋で繋がっているので、そこを辿っていけば一度も船を使わず、黄埔島に到達できる。

 だけど・・・・・・

違ぁぁうーーー!、陸路は違ぁぁぁうぅぅーーー!!

 黄埔島には、軍校には絶対にで行かねばならない!!

 みんな、りんぴょも陳コウもすべての学生たちは、船で軍校に向かったんだ!

 船から島の姿を見て、感慨にふけったんだーーー。

 ならば私も当然、船で島に向かわねばならないだろう!


 というわけで、急遽後戻りして、埠頭行きのバスへ。これでまただいぶ時間喰った。

 ・・・・・・でもそうだよね。知人は当然親切でこのルートを教えてくれただけ。普通の人から見れば、陸路で行けるのに、わざわざ船に乗り換える意味がわからないよね・・・・・・。(その知人には後で「おかげさまで無事つけました」とお礼を言っておいた)

 さて、これが船着場。

ko-ho1.jpg

 まあ、当時を追体験と言っても、船乗り場さえも当時はここではなかった気がするのだが・・・・・・それでも船で行くことは何より大事だ。

 ちなみに船代は片道1.5元でした。

黄埔2


 こんな船で珠江を渡る人も。劉/志/丹が乗せられた船もこういうのかな、とちょっと思った(めちゃくちゃ自分の同人ネタですいません)


黄埔3

出発。

黄埔4

到着。


  はやっ! 待ち時間が長いですが、船が出発すれば5分以内に着きます。

 さて、私が軍校に着いた時にはもう12時過ぎ。

 「校長、すいません。ゆっくり飲茶食べていたら、昼過ぎになりましたー」

黄埔5



 校長は怒りで声も出ないようなので、横をすり抜けてそのまま一路軍校へ。









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