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農/民/運/動/講/習/所

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 黄/埔/軍/校に続いて紹介する場所は「広/州/農/民/運/動/講/習/処」。

 ここでは1926年の第一次国/共/合/作/時代に毛/沢/東が所長として務めていた。ここは農民に革命について教える、という場所ではない。農民を革命の隊列に組織するため、革命家の若者達に農民が抱えている問題や農民運動そして農民の組織化について教える場所である。ここで方法論を学んだ彼らはやがて農村に派遣され、農民の組織化を始める、というわけ。



 で、この「農/民/運/動/講/習/処」、通称「農/講/処」は毛/沢/東が深く関わった場所であるため、今でも重要な史跡として広州の中心近くに保存されている。


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 入り口。
 実はこの場所は、元々孔子を祀る「番寓学宮」という孔子廟兼儒教学の寺子屋みたいな所だったのをそのまま利用している。建てられたのは1370年、という実に600年以上の歴史を持つ建造物。封建主義の象徴とされた孔子の廟が、革命の史跡になっているとはなんともおもしろい。

 その「番寓学宮」の文字が掲げられた門の屋根の右下に農講所の事務を取り扱っている「庶務部」とがある。・・・・・・って、屋根と壁の間が相当のスキマとなっているけど、これじゃ雨が降ったらずぶぬれになるんじゃ?

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ななめから雨がふきこまれたら終わりな庶務部。


そしてその庶務部を右に曲がった突き当りには・・・・・・

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主席出現! 1926年の30代だった主席が再現されている!
しかもしかも・・・これ(よくわからないけど)石膏製だよね? だというのに30代の頃の主席のまろやかな顔立ちが再現されている。
そしてさらに驚くべきは、その唇。確か、主席はスメドレーに「女性的(特に唇とか)」と評されていたように思うけど、いかにも触れたら柔らかそうな唇が石膏で再現されている! すごいよ、すごいよー作った人! 

と、感動しつつふと横を見ると

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しゅ、主席!? こんなとこでなにやってんすか!?
奥様とお子さんと一緒なのはいいけど、どこを見つめてなにしてんのかわかんないよ。
中国はこの手の再現(何を再現してんのかは不明だが)蝋人形とか多くてね。




 さて、いつまでも門の周辺でうろうろしてないで、まっすぐ奥に行く道に戻るか。

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 門から中にはに進むと正面にあるのが「課堂」。つまり教室。
 ここで毛/沢/東が「中国農民問題」を講義したり、黄/埔/軍/校から出張してきた周/恩/来が「軍事運動と農民運動」という講演を行ったそうだ。
 内部には当時の机や椅子が再現されて並べられているけど、それだけじゃスペースが余るのかよく企画展示もやっているらしい。私が行った時はちょうど「5.4運動」九十周年が近かったのでその展示をやっていた。


 この「課堂」の裏にはまた中庭があって、その奥にはもう一つ似たような建物が。

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こちらは食堂。
 ここで学ぶ者たちが当番制で食事係を担当し、また中にはイスラーム教徒とかもいるのでそういう人にも配慮したメニューを作っていた、と説明にあった。
 中はこんな感じ。

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そして中庭の両端にある棟が、ここで学ぶ学生達が寝泊りする「宿舎」。(中国の古い建物の例にもれず、ここも「四合院」造りで、中庭を四つの棟が取り囲む構造になっている)

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 ・・・・・・・・・うわっ(汗)。
 こ、これは二段ベッドならぬ三段(段?)ベッド? あの真ん中のハンモックみたいなのも寝るスペースなのだろうか? 一段目と三段目もあんまり良いものじゃないが、真ん中の人に比べたらマシだよね。あの黄/埔/軍/校の「男詰め」な学生用寝室が天国みたいに思えてくる。


 で、この「宿舎」の裏が「軍事訓練部」。ここで学んだ学生が黄/埔/軍/校に行ったり、黄/埔/軍/校で学んだ学生がここに来たり、はたまた黄埔の教官が簡単な軍人訓練を施しに来たり、と農民運動を学ぶ場所とは言え、軍事訓練とも浅からぬ関係にあったようだ。

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 こうゆう展示物見ると、ああ中国だな~って感じ。中国近現代系の史跡ってほぼ必ず当時使われていた銃の展示がある。




 さて、次は「農講処」的見地から離れて、「番寓学宮」としての写真をいくつか。

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 こ、これはシーサー!?(←違う) 何気に可愛いんだけど。
 耳がちょっと鱗みたいになっていてナマズのようなヒゲもあるけど・・・四本足。なんの神獣なんだろ?
 黄埔の学生たちにも密かに人気の可愛さだったりして。


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 こちらはムクロジ科の木である「リュウガン(龍眼)」。なんと樹齢180年ほど。


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 そしてこちらはやはり樹齢200年の「キワタ(木綿)」の木。綿のような種子を枝につける木で、広州は「木綿の街」と呼ばれるほどキワタが多いという。


 ところで、写真に高層ビルが見えるが、始めに書いた通りここは大都市・広州のど真ん中。一歩外へ出れば、大通りを車が行き交い、雑多な熱気と騒々しい音に溢れている。
 しかし、この「農講処」の中は別世界。樹齢何百年の木々が涼しげな木陰をつくり、樹上からは小鳥のさえずりが聞こえ、心地よい風が吹く静かな空間なのである。

 広州の中心である門の外は大いに変わっても、ここだけは、毛/沢/東が所長を務め軍校が休日になれば林/彪たちも訪れた80年前の、いや200年前、もしかしたら600年前の時と空間がそのまま残っているのかもしれない。





 


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すんません

・・・・・・また長期放棄ですんません。

下で言っていた「りんぴょお誕生日小説」ですが、だいぶ時期を逸してしまったのと、どうも後半がまとまらないので、小説はまたの機会にします。
大半は出来ているのですが・・・・・・もう誕生日って時期ではないですし。

少しだけ余裕が出てきたので、記事強化月間にしたいですね・・・・・・まあ「余裕がある」というのはいつもの気のせいかもしれませんが。

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