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黄/埔/軍/校(2)

 というわけで、黄埔軍校レポ続きです。

ko-ho6.jpg

 上のは有名どころの大門(正門)。
 黄埔軍校を紹介するメディアにはほぼ必ず大きく扱われますね。
 大門の上には「陸軍軍官学校」の文字(これが正式名称)、そして左右には歩哨が立つ場所があります。
 そしてこの門の左右の壁にはそれぞれ「革命いまだ終わらず」「同志たちよ、努力せよ」という孫文の遺言の言葉が。


 黄埔軍校は元々清朝時代の水軍学校を改造したものなのですが、この門ももともとの中国風の門にヨーロッパ式の雰囲気を加えたもの。
 シンプルながらも非常に美しい門だと思います。


ちなみにこの門のすぐ前は珠江で、ちょうど河と対峙するような形で門は建っています。
 今は、軍の施設になっているらしく、金網の向こうには軍艦らしきものが停泊。(他にもこの島の一部は軍事地区がある。だけど大半の地区は一般住民が住んでいる)
 金網には「ここより軍事地区、撮影する者は何が起ころうが自己の責任として引き受けること」・・・・・・とか警告文がかかっていた、
 けど他の中国人観光客、バンバン軍艦の写真取り巻くっていたけどね!
 私はチキンなので撮りませんでした。


 ところで、私が行った時は休日だったので、いつでもこの周辺には見学客が大勢往来していてなかなかこの大門だけを撮るチャンスに恵まれませんでした。
 待つこと20分前後。やっと、奇跡的に人の行き来が途絶えたと思ってカメラをかまえたら・・・・・・再び二人連れの男たちがカメラの前に・・・・・・。
 が、私が落胆したのもつかの間。男の一人が、私がカメラをかまえていることに気づき、連れと一緒に門の前から引いてくれました! いやぁ、外国でのこういう小さな親切は嬉しかったですね。

ko-ho7.jpg


 大門をくぐった横にあるガジュマルの木。
 実は黄埔軍校は、1938年に日本軍の爆撃で灰燼に帰しており、今あるのは歴史史料として史料や証言を元に忠実に1993年に再現されたものです。
 ただこのガジュマルは、日本軍の攻撃にも耐え、ずっとそのままの姿で在るとのこと。また、幹には日本軍の銃弾の痕が残っているとのことなので、ちょっと探してみたのですが、たぶん↓これじゃないかと(よくわかりませんが)。

ko-ho8.jpg



 さて、「大門」をくぐり数歩行くと、今度は「軍校二校門」と呼ばれる門があります。こちらはより「中華風」。

ko-ho9.jpg



 黄埔軍校の建物は2階建てで、中庭が中心にありその周りを4つの棟で取り囲むいわゆる四合院造りが横に3つずつ、3列連結して並んでいる構造です。つまり中庭が9つあり、その周囲を囲む棟は互いに連結しているというもの。
 敷地面積は9444平方メートルとのこと。
↓下は軍校の模型。

ko-ho10.jpg


 中庭の一つから見るとこんな感じ↓

ko-ho11.jpg

 
 軍校なのに中国建築独特の落ち着いた雰囲気があるというギャップがステキ!
ちなみにこの軍校の建築様式は、広東建築(岒南建築)に特徴的な「騎楼式(走馬式)」。通常の「騎楼式」では二階バルコニーが道路側にせり出しているのが特徴ですが、軍校では二階廊下部分が、中庭の方にせり出す形に。


 さて、次回は軍校内部のお部屋を紹介。





 






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