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中尊寺蓮

 今年4月に泰/衡、そしてそこから奥州藤原氏にはまって以来、必ず行こうと決めていた平泉に行ってきました!!
7月11~13日にかけての旅です。その後、遠野にも行きました。

 4月に本格的にはまったので5月の藤原祭りにも行きたかったのですけど、そう何度も行けないし、そうなるとねらい目は中尊寺蓮の開花時期、つまり7月~9月一択!!
 東北は私にとって遠い地ですし、お金もないのでたぶんもう一生に一度しか行けない覚悟だったので、ならば中尊寺蓮が何より見たかったので、7月に行くことにしました。



 今回から数回に分けて夢と妄想の平泉旅行を振り返ります。


 以下、特定の歴史人物への萌えにまみれた文章が続きます。純粋に蓮のこと知りたい人にはまったくおすすめできない内容です。
















中尊寺蓮


 え~、中尊寺そのものも金色堂もすっ飛ばしてまずは蓮です。何はなくても蓮です! 泰/衡の蓮! 
私はある意味これを見にやってきた!!(いやもちろん平泉全体をあますとこなく堪能するためですが)


 中尊寺の沼に咲く可憐な蓮。これは800年前の蓮です。
 1950年に金色堂の棺を開けて藤原三代の全身ミイラおよび泰/衡の首の学術調査を行った時に泰/衡の首級を収めていた桶から蓮の種が発見されました。1189年に泰/衡が殺され首が金色堂に収められた時に何者かによって副葬されたものと言われています。

 1950年の調査で種を発見したのは千葉の古代ハス開花で有名な大賀博士ですが、1998年になって開花に成功させたのは大賀博士の門弟の長島時子博士。今では東北の藤原氏ゆかりの地ばかりか台湾にまで株分けされているとのこと。

参考:「800年前のハス(中尊寺ハス)の開花」(オープンアクセスから全文閲覧可能)


 さて、なぜ泰/衡の首桶にだけ蓮の種が収められていたのか、誰が何の目的で入れたのか、などのことは一切記録にありません。
 ただ、「蓮」を平泉で咲き誇った浄土思想の仏教という観点から見ると・・・・


・泥中蓮:真理・悟りなどが煩悩(ぼんのう)に汚染されないことのたとえ。転じて,汚れた環境にあっても清らかなもののたとえ。泥の蓮。汚中の清。
 蓮は泥の中から芽を出し茎を伸ばし水上に美しい花を咲かすことから、穢れた地上を脱し極楽浄土に咲く花、極楽往生の象徴として仏教では重要な花となっています。

・一蓮托生:死してのち、極楽浄土でも同じ蓮の花の上に生まれ変わろうという願い。


 ということになり、そのような意味を持つ蓮の花の種が泰/衡の首桶に副葬されていたのは極めて象徴的だと思うのですよ。 


 急激な時代の流れの中での戦さや奥州を我が物にしようという武士たちの欲望という泥、その穢れた現世で生きる苦悩と悲哀を十二分に身に受けた泰/衡。
 そして現世で添い遂げられなかった者と蓮の上で巡り合いたいという、彼自身のまたは彼と添い遂げたかった誰かの願いを託すものとして。

 もしそういうことがあったと考えると、泰/衡自身が「泥中蓮」であり、そして「一蓮托生」の願いを込めて、おそらく咲くことのない、しかし仏の慈悲によっていつの日か花開く奇跡を願って、何者かが蓮の種を入れた、と。何者かはわからなくてもそこには泰/衡に対する深き慈愛と哀悼の意が込められていたような気がします。




蓮池にて



で、私の中では

・「蓮の種」=泰/衡への想いが込められたもの
・「蓮の花」=泰/衡

という謎の図式が成立してまして(特に後者が謎だ)。


 もう、蓮の花見に行く! じゃなくて 泰/衡に会いに行く!! ですね、私の中では完全に。


 蓮の花は朝に咲いてお昼前にはしぼむ、と聞いていたので、朝一で一関のホテルを飛び出し、朝の7時半には平泉駅につきましたよ。
 ああ、自分は今あれほど夢見た平泉に来たのだ……と感慨に浸ったことは浸ったのですが、まずは蓮だ、と中尊寺へ。

 実は私は前日に一関の駅で転んで足をくじく、という大失態をしており、この足でけっこう傾斜のきつい月見坂を登るのはかなりつらかったのですが、蓮を見たい一心で登りきりました……と思ったら蓮がある池は金色堂の裏手の階段を下りたところ……え? これまた急な階段を下りて、また上がらなきゃならんのだよね? と思いつつ蓮を見たい一心で(何度目?)、根性で痛む足を引きずりながら階段下りました。



 そこで

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 蓮だあああーー!!!!!


 ああ、あれほど対面を夢見てた蓮が目の前に……ああでも思ったより小さいし、花少ない……。

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 別角度からも


 以下、しばらく泰/衡…・・・もとい蓮の花たち。


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1枚目の泰/衡……じゃなくて中尊寺蓮

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2枚目

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3枚目、どやっ

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4枚目の中尊寺蓮、てかもう泰/衡でいいよね。

DSCN6253(縮小)

一番お気に入りの5枚目の泰/衡ぁ。




ケ/ロ/平、見参


 とそんなふうに一人あっちの世界に浸っていたら、泰/衡(の蓮)に近づくものが。

DSCN6220(縮小)

 お、おまえケロ平ぁぁ!


 いや、ケ/ロ/平っていうか、その元ネタの柳之御所跡から出土した「平泉のカエル戯画」のカエルにそっくり。


 「平泉のカエル戯画」が京から持ち込まれたものか、平泉で描かれたものかよくわからないけど、当時の平泉は「浄土世界の体現」ってことで浄土に必須の池がたくさんあった。それこそ水都と呼んでもよいくらい。

 池や水路がたくさん、ということは、カエルもたくさん、ってことだよね。当時の平泉にはカエルがいっぱい。絵の題材になってもおかしくない。


で、カエルの絵を描きたい泰/衡(子ども時代)だけど、モデルのカエル(ケ/ロ/平)はまったく泰/衡の言うことなんか聞かないで、さっさと逃げてしまう……「もう、なんでそんなにぼくを嫌がるの?」となるチビ泰/衡(の妄想)


  そして800年後。

DSCN6221(縮小)

「べ、べつにおまえのために来てやったんじゃないからな、ちょうどいいところに葉があっただけで……」
 と、ツンデレなことを言いながら泰/衡(の蓮)に寄りそうケ/ロ/平・・・・・・


 とかだったら切ないじゃねええかよぉぉぉーー、ちくしょう!!



 それはともかく、中尊寺の蓮池はこんなふうにカエルもにぎやかに鳴いて、ここなら泰衡も寂しくないだろう、とちょっと安心。


 ちなみにこの蓮池には2日間で3回通いました。
 一回目は初日の朝、感動の初対面。
 二回目は2日目の朝、もしかしたらもう少し早い時間に行けばもっと咲いてるかも! →1時間早めてもあまり変わらず。
 三回目は2日目の午後、(反転)「おおそうだ! 『蓮の花見デートをする泰/衡と義経妄想忘れたーー!!」


 次回は中尊寺の話など。



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