父子

 長らくご無沙汰しました……。
 平泉旅行記も続きを書くことができないままになってしまいましたが、仕切り直してまたぼちぼち再開していきたいと思います。

 今回はリハビリもかねて、pixivに投稿した奥州藤原氏SSの一作をこちらに転載します。(pixiv投稿先=http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5403925)


 奥州藤原氏初代、藤原清衡が奥州での覇権をだいたい確立し、平泉で落ち着いている時代のお話しです。


登場人物

藤原清衡〔ふじわら きよひら〕:12世紀に東北地方を支配した奥州藤原氏初代御館〔みたち〕。作中より十数年前の後三年合戦(1083-1087)で異父弟に最初の妻子を皆殺しにされている。
藤原基衝〔ふじわら もとひら〕:清衡の死後に兄弟との争いに勝って二代目御館となる。作中では元服前なので基衝の名はまだなく、御曹司と呼ばれている。
佐藤季春〔さとう すえはる〕:基衝の乳母子、佐藤継信・忠信の推定祖先。作中では元服前なので季春の名前はまだなく、三郎とだけ呼ばれている。※季春の元服前の名前が三郎なのはここだけの設定で詳しいことはわかっていません。




「……御館様、差し出がましいことだとは重々承知してはおりますが、申し上げたきことが……」

 三郎は意を決して口を開いた。数年後には佐藤季春と名乗るこの少年。しかし今はまだ元服前で、ただ三郎と呼ばれていた。佐藤家の本拠である信夫郡(現福島県の一部)からこの平泉の若君に仕えるために出仕してきている。
「なんだ?」
 御館と呼ばれた男、藤原清衡は少々気だるげな視線で三郎を見た。仏国土平泉を築き、陸奥出羽二国を治めるこの北の王こそ三郎が仕える若君の父親である。

 所用があって一人彼の元を訪れたのだが、なりゆきで酒につき合うことになってしまった。今この部屋は清衡と三郎の二人しかいない。こんなことは始めてのことであった。御館はいったいどういうつもりかと思ったが、単に彼は少し酔って気まぐれを起こしただけかもしれない。いつも適量しか酒を嗜まない清衡が酔っていること自体珍しいことであったが。
 ともかくもこのような機会は二度と訪れるかどうかわからない。自分の身分もわきまえぬ差し出がましいことではあるが、ずっと清衡に言いたかったことを告げるのは今しかない気がした。

「御曹司のことにございます」
 御曹司、三郎の乳母兄弟であり主君であり、清衡の次男にあたる少年は、同じく数年後に藤原基衡と名乗るようになるが、今はやはり元服前でその名ではなかった。三郎はじめ皆からは御曹司と呼ばれている。
「そうでろうよ。おまえは奴のことばかりだからな。で?」
 清衡は口元にやや皮肉めいた笑いを浮かべながらも先を促す。三郎は言った。
「御曹司のこと、もう少しだけでもお気にかけてはいただけませぬか」
「・・・・・・・」
 清衡は良い為政者である。奥羽の民のことを思いやり、良き政を行っている。近臣の者達にも馴れ合ったような態度こそ見せないが、目立たぬところでよく気を配ってくれる。三郎がこのようなことを言えたのも清衡の「優しさ」に甘えた面もあった。
 しかし、御曹司に関しては違う。清衡の彼に対する態度は、どこか冷たく突き放しているよにさえ思える。厳しく育てている、とはまた別であることは、この親子のそばにいる三郎は気がついていた。
 正確に言うと、清衡は彼の四人の息子全員に冷たい。しかし、三郎がまず気にかけなければならないのは自分の主君の若君のことである。
 三郎の主君は少々血の気が多い面が気になるが、快活で負けず嫌いな少年だった。その性分から自分の弱みは乳母子である三郎にさえ見せない。しかし、それは強がりで、本当は偉大な父親から理由も分からずにどこかよそよそしくされていることに傷ついていることを三郎は知っていた。主は実は寂しがりやで甘えたがりでもあるのだ。そんなことを言った日には主からタコ殴りにされそうではあるが。
「……気にかける?」
 清衡は杯を傾ける。もう何杯目だろうか。やはり今夜の御館は酔っているのかもしれない。そのまま、いつも通りの声で続けた。


「そうやって情を傾けて、また死なれたら嫌であろうが」
「・・・・・・・・」


 差し出がましいことを申し上げました、ご無礼をお許しください。しばしの沈黙の後、三郎は深々と頭を下げた。もう下がれ、と言われ、素直に退出する。
 清衡はかつての後三年合戦のおりに対立していた弟の家衡によって妻子を皆殺しにされている。詳しくは知らないが、そのようなことがあったことは三郎も知っていた。今いる彼の子どもたちは戦が終わった後に新しく娶った女たちが産んだ子どもたちであった。
 暗い廊下を歩きながら三郎は小さくため息をついて首を振る。
(御館様は何も悪くない。もちろん我が君もあんな思いをさせられる理由もない)
 
 ならば、自分が御曹司にとって父君の代わりになるしかないな。

 まだ少し冷たい春の夜風を感じながら、三郎はそう心に決めた。


スポンサーサイト

TRACK BACK

Powered by FC2 Blog Template Designed by しらか

FC2Ad


Copyright © 記憶的海 All Rights Reserved.