FC2ブログ
 

記憶的海

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


BACK目次|NEXT
*    *    *

Information

□ アラブ近現代史 □

領有

ツイッター上での#世界史創作企画 【中東・アフリカ】という企画への参加作品です。
推敲無し、細かい年代の不備などあるかもしれませんが、調べ直す時間なくてもとにかく参加したかった・・・・・・


後で調べたらイギリス人のジョン・フィルビー(アブダラー・フィルビー)のルブ・アル・ハリ沙漠探検は1932年、国王の年齢は52歳くらいですね。





「フィルビー君、君はやはりイギリス人だな」
 ふいにそう言われ、喜びに浸っていたフィルビーは顔をあげた。目の前には王が、サウジアラビア王国初代国王アブドルアジズ・イブン・サウドがにこやかな笑顔でフィルビーを見つめていた。いつもの、寛容で人懐っこく、そろそろ60歳だというのにどこか少年のような印象さえある王の笑顔。だが、目の前の相手のすべてを見透かすようなそれ。
 ジョン・フィルビー―今はイスラームに改宗してアブダッラー・フィルビーとなった―は元々イギリスの植民地行政官としてアラブの人々をイギリスに都合よく操作するためにアブドルアジズの元へ派遣されてきた。しかし、アブドルアジズの人柄と才知に惚れこみ、本国の対アラブ政策に嫌気がさしたフィルビーは職を辞し、今ではアブドルアジズの私的政治顧問としてこの王国の民の一人となっている。
 フィルビーはまた探検家でもあった。このたび彼は長年の夢であったサウジアラビアの南部に広がる大沙漠ルブアルハリを探検する許可をもらった。『虚ろな四分の一』と言われ遊牧民でさえ近寄らないアラビア最大の秘境ルブアルハリの探検。フィルビーがその話を持ちかけた時、アブドルアジズは苦笑して言ったものだった。
「あの沙漠には私も若い頃、そう20の時に踏み入ったものだった。それは強大な敵との戦いで同志達とともに身を隠し、再起を図れる地は誰も恐れて近寄らぬルブアルハリしか無かったからだ。私達はあの過酷な沙漠でも神への信仰を証明するため断食を行った……あの沙漠は私達を敵の追撃から守り、さまざまなことを教えてくれた……だが私はもう二度と好んであの地に踏み入りたいとは思わぬ。あの地が過酷な死の世界であったからだけではない。妄りに人が踏み入ってはならぬ領域だったからだ」
 アブドルアジズは懐かしそうに愛おしそうにルブアルハリについて話した。アブドルアジズの若い頃、彼は仲間とともにルブアルハリに身を隠し敵が油断したところでわずか20名前後の仲間とともに奪われた故郷リヤドを奪回した。その戦いが後のサウジアラビア王国建国に繋がるのである。
 アブドルアジズにそう言われてもフィルビーはその“人が踏み入ってはいけない領域”を探検することへの情熱が増すばかりだった。王はそんなフィルビーに苦笑しながら探検の許可と便宜を図ることを約束する。その後での先の一言である。
「我が王よ、それはどういう意味でしょうか?」
 フィルビーにはやや心外であった。彼は確かにイギリス人であったが、その本国のやり方を嫌い、一人のアラブの民、一人のムスリムとして、惚れこんだ王に仕えるため祖国を捨ててサウジアラビアに身を投じたのである。そのことを誰より喜んでくれたのがアブドルアジズで、アブダッラーというムスリム名も彼が与えてくれたもの。今ではすっかりアラブの民の一員として受け入れられていると思っていたのだが……
 アブドルアジズは、なあに、といたずらっぽい笑顔でフィルビーを嗜めるように言う。
「イギリス人は何もかも自分のものにしたがる。己が理解できないものが地上にあるのが許せない。土地だけでなく知識までものにせずにはいられない。君のルブアルハリを探検したいという願望もまたあの沙漠を知ることで領有したいという欲望があるのではないかな? そのあたりが実にイギリス人らしいと思ったまでのこと」
「それは……」
 アブドルアジズは“イギリス人”と言ったが、それはアラブの地を支配しようとしてきたのが主にイギリス人だったからだろう。だがそれはいけないことだろうか? 確かに人の土地を支配する植民地主義は悪いが、知識欲まで否定されてはかなわない。まるで西洋近代が求めてきたものをすべて否定されるような……
「同じなのだよフィルビー君、土地を領有したいと思うのも、すべてを知りたいと思うのも……」
 アブドルアジズは幼子に諭すように言った。もちろんフィルビーは納得がいかない。
「まあ理解できずとも良い。理解するのにも時というものがある。ルブアルハリに行ってきなさい。あの沙漠がきっと君にいろいろ教えてくれるはずだ……だが、必ずリヤドに帰ってくるのだぞ。私にも私の国にもまだまだ君の力が必要なのだ」
「はい。必ず王の元に戻ってまいります」
 フィルビーは深々と頭を下げた。何にせよ行ってみることだ、そこで王の言葉の意味が理解できるかもしれないし、やはり心外な言われようをしたという結論になるかもしれない。
『すべては神の御心のままに』
 至高の存在を称える二人の声がちょうど重なった。国を創る男と国を捨てた男、この言葉を唱える時、確かに二人の心は一つであった。
 

スポンサーサイト


BACK目次|NEXT
*    *    *

Information

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。