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□ アラブ近現代史 □

クウェート動乱(3)


 ムバラクから聞いた西欧列強があんなにもアラブの地を狙っているという話は、アブドルアジズにはまだ現実味の無い途方も無い話に思えた。だが、事実なのだろう。アラビア半島に大きな嵐が来ようとしている。その点についてもっと話をしたかったが、あの日からムバラクは何やら忙しいらしく会える時間を持てなかった。ともかく、次に会う時には西欧列強のアラブ政策について自分の考えを求められるだろうから、それまでに己の考えをまとめておかなければ。彼に失望されるようなことは言いたくない。
 一方で、ムバラクに対する違和感も強まっていた。彼の元にはクウェートを狙っているという国の人間が頻繁に訪れる。あのイギリス人も何を怒っていたのだろうか? どうせはぐらかされるだろうが、次に会う時はそのへんを追及してみたい。
 この頃、アブドルアジズはムバラクの元で学びつつ、港で荷揚げ人夫としても働いていた。クウェートの人々はかつてアラビアに覇を唱えたサウド家の者がそんな所で働いているのを嘲笑したが、アミール・ムハンマドの援助が途絶えて久しく、一家の貯えも尽きようとしている。最愛の父は失意のうちに日々を過ごしているし、弟たちは幼い。アブドルアジズが一家を支えるしかなかった。
 そうしてその日も仕事を終えて家路を急ぐ途中、何かおかしな騒ぎに気づく。アミールが……ムバラクが……あの兄弟ついに殺し合いか!……まるで面白い芝居のことでも話すような口調でそう口にしながら男たちが走って行く。アブドルアジズもすぐにその後に続いた。
「お許しください兄上!」
 スーク(市場)の一角に人だかりができ、その中心からムバラクの声が聞こえてくる。見物の人々の頭越しに様子を伺うと、そこには二人の屈強な男たちに押さえつけられて跪くムバラクと憤怒の顔で彼を見下ろす彼の兄、アミール・ムハンマドの姿があった。
「貴様はっ! いつまでここに居座る気だ! 外国人やあのサウド家の若造と会って何を企んでいる!?」
 周りの見物人たちの話によれば、街に視察に出たアミールとムバラクがばったり会ってしまい口論となり……と言うよりアミールが癇癪を起こしその果てのことだという。
「私めはただクウェートのためにお役に立てればと……」
「またうまいことを言って皆を騙す気か! おまえの本性など分かっておるのだぞ!」
 そして召使の一人にムバラクを鞭で打つよう命じる。公衆の面前でそのような仕打ちをされるとはこの上ない侮辱だ。
 アブドルアジズは止めに入ろうとしかけたが、一瞬足を止める。クウェートのアミールの前でムバラクをかばったら、自分はともかく家族はどうなる? だが鞭の音が響いた時、やはり我慢ができず前へ踏み出そうとした。
 その腕を突然つかまれ、驚いて振り返るとムバラクの息子の一人、ジャービルがいた。彼はアブドルアジズを物陰に連れて行き、信じられないことを言う。
「良いのだ、あのままにしておいてくれ。この場で殺されはしないだろう。そうなれば、伯父上の方が悪く言われることになるからな」
「そういう問題ではないだろう! あのように父親が侮辱されて、息子として報復したくはないのか!?」
「……報復、そうだな、我々にはその正当な権利が今日生まれた。しかも証人がこんなに……いや、何でもない」
 そこまで言いかけてふいにジャービルは黙る。まるで口を滑らせてしまったかのように。
 アミールは何度か弟に鞭をくれてやるとすぐに去った。ジャービルはいかにも今駆けつけてきたように傷ついた父親を助け起こす。ざわつく人ごみの中からその様子を見ていたアブドルアジズは、たまたまムバラクと目が合った。彼は薄く笑い、すぐに目をそらす。嫌な予感が、身体の中を駆け巡った。



(続)





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