記憶的海

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□ アラブ近現代史 □

クウェート動乱(4)


 その夜、アブドルアジズは就寝前の礼拝が終わっても眠る気になれず、昼間のことを考えていた。何かがおかしい、何かが起ころうとしている……ずっと違和感を覚えていたことが繋がりそうな気がする。
 突然インドから戻ってきたムバラク……インドはイギリスの植民地……出所不明のムバラクの金……彼を訪れる各国の人間……オスマン帝国は滅びる……ペルシャ湾での優位を保ちたいイギリス……オスマン帝国に近づくドイツ……現アミールはオスマン帝国の知事……。
『どの国なら一番高くクウェートを買ってくれると思うかね』
 カチリと一箇所が繋がった。そうすると、今までの違和感の欠片が連鎖的に繋がっていく。まさか、ムバラクは……。
「……っ、あの博打打ちが!」
 アブドルアジズはムバラクの意図に気づいた。彼は今夜、アミール・ムハンマドを、その宮殿で殺すつもりだ。
 報復は、侮辱された男が名誉を回復する行為である。だが、アミールを相手に圧倒的に不利なムバラクが報復を成功させるには、相手の予想を越える方法を取るしかない。クウェートの宮殿の警備はたいしたものではない。オスマン帝国の権威に依る者の宮殿を襲う者などいなかったからだ。仮に昼間の件でアミールが警戒心を持つとしても、まさか何の味方も無いはずの相手が、数時間後に宮殿に乗り込むとは思っていないであろう。
 しかし、それはやはり危険な賭けだった。唯一の勝機に賭けてもムバラクが返り討ちに遭う可能性が遥かに高い。おそらく彼の襲撃に同行するのは二人の息子だけであろう。加勢が必要だ。家族のことを想い、しばし逡巡した後、アブドルアジズは剣を取った。
 アミール・ムハンマドには何の恨みもない。しかもムバラクの方こそ、兄殺しを正当化する機会を待っていたのだろう。許しもなくクウェートに戻り、これ見よがしに外国人やサウド家と接触していたのは、アミールを挑発して向こうから先に手を出させ、報復の権利を得るのが目的の一つだったに違いない。
 だが、この兄弟の争いの裏には、さらに大きな力が動いている。
 そこまでアブドルアジズは気づいていたが、例え彼に正義が無くてもすでに行動を起こしているなら、ムバラクを死なせたくはなかった。自分は、自分のやりたいようにしかやれない人間だ。


 海の近くにあるクウェートの宮殿は、せいぜい豪商の屋敷程度の規模しかない。アブドルアジズは低い土造りの塀をやすやすと乗り越え敷地に入る。屋敷の中からは何やら争うような大きな物音と怒声が聞こえた。もう始まっているらしい。
「なんだ貴様はっ!?」
 突然誰何する声が聞こえ、アブドルアジズは躊躇することなく声のする方に突っ込み、一気に間合いを詰めて思いきり蹴り飛ばす。暗がりの中でも、吹っ飛ばされ気を失った男の格好がベドウィンであることは分かった。すばやく男の短銃を拝借すると屋敷の奥に向かう。殺気を頼りに向かってくる相手を全て倒せば良いだけだ。
 屋敷のあちこちで戦闘が起きていた。アブドルアジズはムバラクの姿を探して廊下を走っていく。最強のイスラームの戦士になって欲しいという父の願いにより、物心ついた頃から戦闘訓練を施されてきたアブドルアジズは、このような場で思った通りに身体が動く。途中三人ほどが襲いかかってきたが、殴り、あるいは蹴り、投げ飛ばしてほとんど止まることなく一撃で無力化して先へ進む。
 そしてある一室でついにムバラクとアミール・ムハンマドの姿を見つけた。アミールが血を流し何かを喚きながら別の部屋に向かって逃げ、その後をムバラクが追う。突然、部屋の中で倒れていた兵士が立ち上がり、ムバラクの背中に向かって短銃を構えた。兵士が引き金を引くより早く、アブドルアジズはその足を撃ちぬく。
 一瞬振り向いたムバラクはアブドルアジズに気づいたはずだが、すぐに兄を追って行った。アブドルアジズは追わずに、駆けつけた兵二人をすばやく殴り飛ばし、アミールの救援を阻むのに留めた。
 やがて銃声とアミール・ムハンマドの断末魔が響き、アブドルアジズは、神が哀れな彼の魂を召されますように、と小さく呟く。



(続)




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