『恋の甘さは蜜の味』(狙撃手・大春→竜)

大春→竜紹鉄、ちょっと大春×竜?
「狙撃手」9話であったであろう(笑)二人のもやもやを書いてみました。
まじめバージョンですので、最初から竜紹鉄は俺の嫁状態の大春とは別設定としてお読みください。 大春編


「それでは、段旅長。失礼します」
 大春はちょうど竜紹鉄の見舞いにやって来た段之凡旅長の軽く敬礼をすると、病室を出ていった。

 外へ出て後ろ手に扉をしめった時、もう大春はこらえることができなかった。

 大少爺が目を覚ました。
 もう大丈夫だ。

 身体の奥から喜びが湧き上がって全身を満たしていく。
 頬が自然と緩んで、きっと自分は今、締まりのない笑顔になっていることだろう。

 大春は思わず軍帽に手をかけ、それを思いっきり空に向かって投げる。
 軍帽はくるくる回りながら、青い空へ舞い上がる。大春はそれを見ながら、何の屈託もない笑顔で笑った。

 久しぶりに晴れ晴れとした気持ちになった。
 いや、これはそんなものじゃない。心が踊りだすような気持ちとは、こんな気分だろうか?

 大春は回転力を失い、ゆっくり落ちてきた軍帽をつかんで、深くかぶり直す。
 とにかく心も身体も軽くて、やたらと無駄な行動をしたい気持ちなのだ。

 大少爺は生還した!
 彼は戻ってきてくれた!

 何度も何度もそのような言葉が胸の中に生まれる。
 目覚めたばかりの彼は、まだぐったりしていて、なのに芥川のことだけはしっかり気にしているらしいのが少しむっとした。だが、そんなことはどうでもいい。
 一時はどうなることかと思ったが、もう大丈夫なのだ。
 「彼には生きる意志が弱い」なんて医者に言われて、そんなのあんまりにもひどいと彼を恨みながら一晩中泣き明かしてしまったこともあったけど、とにかく彼は帰ってきてくれたのだ。

(まあ、これで俺もがんばったかいがあったってもんだ)

 竜が目を覚ますまでとてもそんな精神的余裕もなかったが、大春は数日前の、瀕死の彼を背負って日本軍から逃げた時のことを、ふっと思い出した。


『大少爺! 死ぬなぁぁ!! 大少爺! 竜少爺! 竜紹鉄! 竜・・・・・・』
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ? 俺、なんで泣いていたんだ?)
『ああ、おまえに死なれるのが怖い』
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
『俺がおまえを死なせない』
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
『大少爺、おまえが生きてくれさえすれば、俺は九児を譲ってもいいから』
(・・・・・・・・・・・・いやいやいや! 何言ってんだ、俺! つーかなんであんなに焦って・・・・・・)

 あの時の記憶、そしてあの時の感情が次々に蘇ってくる。それらはどれも大春の思考処理能力を超えるものだった。あの時、何だってあんなことを言い、あんな切羽詰った感情になったのか自分のことながらわからない。
 それで、大少爺が生きていてさえくれれば九児を譲ってもいい、なんて自分でも信じられないことを口走ってしまって・・・・・・その後はどうなったんだっけ?
 心の片隅で、もう思い出さないほうがいいと警告する声があったが、それ以上に気になって大春はさらに記憶をたどってしまった。
 そう、確か『俺達、一緒に行くんだ、これからも』とか口走って・・・・・・それで日本軍に追いつかれて、とっさに彼をかばって・・・・・・で、もうだめだと思って、で思わず・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『俺はおまえが・・・・・・・・・・・・』

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺があいつをなんだって?

 背中に背負った感触を覚えている。
 日本軍の銃弾から彼を守るため、抱きしめようとした時の感覚を覚えている。
 その時、何を気がついたか覚えている。湧き上がった感情のままに、何を言おうとしたのかも。

 
 『俺は、おまえが、好きだ』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待ってくれえええええぇぇぇぇぇ!!!!!」

 誰に何を待って欲しいのかわからないまま大春はそう絶叫し、頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。

 俺が、大少爺のことを好き?
 そんな馬鹿な! 
 あいつは男だぞ、しかも国軍の士官で、地主の息子だって言うじゃないか。
 そんなあいつを俺が好き、そんなわけがない。
 俺はだいたい九児のことが・・・・・・

 そう考えてみたが、どういうわけかそんな言い訳は何も心に響かない。
 彼を失うかもしれない時に感じた想い、それが圧倒的な真実として胸にしっかり刻み込まれてしまれている。
 
 そしてそれを認めれば、竜紹鉄と出会ってから自分に生じた自分にも不可解だった感情すべてが納得いく。
 彼のことが気になって気になってしかたがなかったこと、思わず延々と双眼鏡で彼の姿を見つめ続けてしまったこと、芥川が新八旅を襲うとして駆けつけずにはいられなかったこと、彼に拒絶されてとても辛い思いをしたこと・・・・・・。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、だった、っていうのかよ)
 呆然としながらそう思う。そしてもう一つ、あることに気がついた。

 あの時の大春の動揺を竜紹鉄に全部知られてしまった。
 自分の言葉を全部聞かれてしまった。
 まさか、俺が自分の気持ちに気づいたように、彼も俺の気持ちに気がついてしまっただろうか?
 いや、でも瀕死の状態だったし、意識もはっきりしていなかったら聞こえなかったかもしれない、覚えていないかもしれない。
 いやいや、でもやっぱり全部覚えているかもしれない。
 
 大春は病室の方を振り向いた。
 彼は当分ここで預かることになっている、団長からも彼の面倒を見てやるよう言われている。

 でも、この気持ちに気づいた今、そして彼にも気づかれてしまったかもしれない状況で、いったいどんな顔をして彼に会える?

 ・・・・・・とてもだめだ・・・・・・

 大春は気がついてしまった自分の気持ちに呆然としながら、何とか団長命令を回避する方法を考えようとしたが、頭が真っ白で何も思いつかない。


 そして大春は、それ以後、団長にきつく叱られるまで、竜紹鉄に会いに行きはしなかった。
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